私が競馬に興味を持った頃の活躍種牡馬は「テスコボーイ」(父プリンスリーギフト)で、「キタノカチドキ」「テスコがビー」「トウショウボーイ」「サクラユタカオー」等が活躍し、「トウショウボーイ」から初の父内国産馬の三冠馬「ミスターシービー」が生まれ、その後に導入された「ノーザンテースト」とリーディングサイアーを争うぐらいでしたが、1992年に蹄葉炎で亡くなりました。
その「ノーザンテースト」は1975年に1982年には「トウショウボーイ」からリーディングサイアーの座を奪い取って、11年間連続でその座を守ったが、1994は同じく社台グループの「トニービン」はリーディングサイアーに輝いてます。
1995年からは「サンデーサイレンス」が13年連続、その後は「キングカメハメハ」2年「ディープインパクト」12年へと、父内国産種牡馬が続いています。
23年は「ドゥラメンテ」となっていますが、今年は「キズナ」・「ロードカナロア」・「エピファネイア」の3頭が僅差で競っており、どちらにしても父内国産種牡馬ということは続きそうです。
世界的には欧州の「ノーザンダンサー系」にも陰りが見えてきてますし、日本も「サンデーサイレンス」系が広がってきてないのが気がかりです。
こんな感じで世代交代が進んできた日本の競馬ですが、種牡馬としては「ノーザンテースト」も「サンデーサイレンス」もどちらかというと成功するはずのない馬体の小さな馬でした。
日本にはそんな特殊な環境(高速馬場)と、繁殖牝馬に恵まれたという下地があって、競馬環境の特殊性もあって徐々に世界レベルに達したのだろうと考えられます。
欧州の「ノーザンダンサー」から「サドラーズウェルズ」に、さらに「ガリレオ」へそして「フランケル」といったつながりも徐々に変化が見られますし、日本も「サンデーサイレンス」から「ディープインパクト」と続いたラインも万全ではなくなりました。
今後は少しづつ変化の時期を迎えたと思わなければならないと、色々と考えております。
私ももうあと3年で70歳、年金生活での楽しみは競馬と音楽を聴くくらいですので、もう少し競馬を楽しみたいと考えています。