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 パソコンの組み込み時も競馬の時も、私のブレイク・タイムはいつも「1杯の珈琲」と「ミュージック」という組み合わせがほとんどですが、珈琲には自分なりの拘りがあって必ず一杯一杯ドリップで淹れて飲みますし、淹れる直前に珈琲豆を挽いています。

先日、アメリカで「マイクロ・ブリュー・コーヒー」が人気という記事を読んで、やっとアメリカでも本格的な珈琲が飲めるようになったという事に、うれしさを感じます。

もう40年も前に初めて「アメリカ」に行った時は、何処でも出される珈琲は「アメリカン」と呼ばれるお湯に色を付けたような味気のないものでした。
その後も何度か仕事で行く機会がありましたが、好みの珈琲には巡り合うことがなかったのです。

しかし、イタリアの珈琲文化の影響を受けた「スターバックス」が人気を博したことで、その珈琲の魅力に火が付いたようです。

今度はあの懐かしい、60年代から70年代にかけての日本の珈琲ブームがアメリカで始まったという事でうれしいやら、懐かしいやら、本当にビックリです。

日本の珈琲ブームは良質の豆が購入できなかった時代(ニューマーケットという市場を通して豆を取引した時代)があって、つらい時期を乗り越えて沢山の人々がその粗悪な珈琲豆を大切にローストして、美味しいコーヒーを飲ませたのが始まりです。

当時、日本は戦争に負けた後で珈琲に関しては後進国扱い、良質の豆はアメリカや欧州に買われてしまっていたのです。
しかし、ニューマーケットの崩壊で一気に良質の豆が日本にも輸入されるようになって、珈琲専門店や喫茶店の転機がやってくるのですが、各商社も専門家を現地に送り込んで珈琲豆を買い付けるようになりました。


ころが、いつの間にか珈琲マシンで淹れられる珈琲が売られる時代が来て、珈琲専門店ブームは終わりを告げたのですが、私のように今でも飲むときに豆を挽い
て、一杯づつ丁寧にドリップしてという人もいますし、少ないけど今でもそんな美味しい珈琲をだす珈琲専門店もあります。

合理主義のアメリカでは簡単に受け入れられることはないのかもしれませんが、日本でも少なくなってしまった喫茶店がアメリカの珈琲文化に融合できるのか、行く末を見たいと思っています。


かに「ニューヨーカー」の一部の方達が「たかが珈琲に??」とか「安かろうが不味かろうがそれがアメリカの文化」と言って、日本の過剰サービスを嫌う傾向
もあるようですが、日本の食文化がしっかりと欧米で受け入れられていることでも分かる様に、これからは失われた日本の文化が海外で復活というのもアリかな
と思っています。

近年、パリの「フランス料理店」でも日本酒がワインリストに載っている記事を読みましたが、日本酒の輸出量が増えてブームなっているようで、日本酒好きの私にはうれしい事です。

私の珈琲好きは中学生の時からであの「ネスカフェ」からスタート、16歳の時に初めて喫茶店で飲んだドリップで淹れた珈琲に出会って虜になりました。
現在は、常に3種類から4種類の珈琲豆を用意して一杯づつ豆を挽いてドリップで抽出していますので、香りも素晴らしいものです。
こんな珈琲がアメリカでも飲めるなら、最高です。