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 シンボリ牧場というと三冠馬「シンボリルドルフ」と思うでしょうが、私にとってはその「ルドルフ」の母「スイートルナ」の父「スピードシンボリ」が忘れられない存在です。

「スピードシンボリ」は日本馬として初めて「凱旋門賞」に挑戦した馬として、夢の始まりを与えてくれた馬なので忘れることができません。
63年5月3日生まれのこの馬、父は「ロイヤルチャレンジャー」、母「スイートイン」の子として生まれたのですが、クラシックは「ダービー」8着、「菊花賞」2着と成績は振るいませんでした。

しかし、67年古馬になってから「天皇賞・春」を勝って、その年の11月にアメリカの「ワシントンDC国際」にチャレンジして5着、68年は日本でレースをして、私が17歳になった69年の夏にに英国遠征「キングジョージ6世&クイーンエリザベス賞」に出走し5着、8月にフランス「ドーヴィル大賞典」10着をステップレースに、10月5日に日本馬として初めて「凱旋門賞」(着外)に出走したのです。

でもこの「スピードシンボリ」は通算で5回「有馬記念」に出走して、すべて掲示板に載って最後は連勝して引退し、その後に生まれた「スイートルナ」の父となって、生まれたのがあの三冠馬「シンボリルドルフ」なのです。

 馬産地に近い環境で育った私にとっては、それこそ「凱旋門賞」がいかに遠い国のレースなのかはみなさんにも想像できると思いますが、この時私の心にも「凱旋門賞」を観戦するためにロンシャンに行きたいという夢と、日本馬が「凱旋門賞」で勝つことを夢見るようになりました。

そう思っても実際に「ロンシャン」に行けたのは、17年後の86年の「ダンシングブレーブ」が勝った年(シリウスシンボリも出走14着)でした。
結構、アメリカの競馬は観ているのですが、英国とフランスは特別な存在なのです。
その中でも、「ロンシャン」で行われる「凱旋門賞」は本当に日本馬に勝って欲しいレースでもあるのです。

今でも時々思い出す「スピードシンボリ」、私をその気にさせてくれた馬でした。