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 「シリウスシンボリ」から13年後の99年に「凱旋門賞」に挑戦したのが「エルコンドルパサー」、それこそこの馬には最初から最後までワクワクドキドキさせられた、初めての日本調教馬でした。

この馬にはデビュー戦で(97年11月8日)の勝ち方にビックリしたので、忘れる事の出来ない馬となっています。
というのもダート1600mのデビュー戦は出遅れてしまいましたが、直線だけで7馬身もの差をつけて勝ってしまったのです。

97年というと「クラスワンダー」や、年齢は1歳年上ですがゲート試験をパスできないでデビューが遅れた「タイキシャトル」等、外国産馬が幅を利かせていた時代でそれは本当に素晴らしい時期でもありました。

この「グラスワンダー」が日本の競馬史上初めてG1「朝日杯3歳S」(現在の朝日杯FS)で、1分34秒を切る1分33秒6のレコードで優勝したのですから、この馬の強さも素晴らしい物でした。

「エルコンドルパサー」は98年春にG1「NHKマイルC」、秋にはG1「ジャパンC」を勝って、99年は欧州遠征をするのですが、この海外遠征では飲料水や食べ物までコンテナで運ぶという事までやって環境を整えたそうです。

初戦のG1「イスパーン賞」芝1850mで2着、この結果でフランスに残り目標を「凱旋門賞」に定め7月にG1「サンクルー大賞」芝2400m、9月G2「フォワ賞」2400mを連勝し、10月3日G1「凱旋門賞」に挑戦、「モンジュ―」の2着ではありましたが初めて日本調教馬が「凱旋門賞」で連対した瞬間を経験させていただきました。

あの、体中が痺れる様な感覚を覚えた瞬間でもあり、その日は微熱が出るくらい興奮して眠れなかったことを覚えています。

 この「エルコンドルパサー」の父は「キングマンボ」、実は現役時代はフランスで競走馬としてG1「ムーランド・ド・ロンシャン賞」芝1600mなど勝っている馬で、引退後はアメリカで種牡馬になり、日本では「エルコンドルパサー」や「キングカメハメハ」がG1レースを勝っていますし、海外では「アルカセット」や「ルールオブロー」などのG1馬を輩出しています。

「エルコンドルパサー」は引退後3年後に腸捻転で亡くなりましたので、3世代しか産駒が残っていないのですが、ラストクロップから「ソングオブウインド」がG1「菊花賞」、「アンロンダイト」がG1「ジャパンCD」、「ヴァ―ミリアン」がG1「フェブラリーS」等に勝っております。

 この98年と99年は本当に夢のような2年間で、98年は「シーキングザパール」が短距離G1「モーリス・ド・ゲスト賞」芝直線1300m、その次の週には「タイキシャトル」がG1「ジャック・ル・マロワ賞」芝1600mを勝って日本馬のレベルの高さを証明、次の年には「エルコンドルパサー」がフランスで初めてG1「サンクルー大賞」芝2400mで勝ちましたし、「凱旋門賞」でも2着したのですから、欧州の競馬関係者をビックリさせたのも無理のない事だったようです。

このように欧州のG1を勝ったのはすべて外国産馬で日本調教馬、でも近い将来はきっと内国産馬の欧州挑戦が期待できるようになると信じていたのは、馬産地の盛んな外国産馬の輸入で日本の競馬レベルは大きく変化したからなのです。